[PR] ペット販売 医療を受けられる人の基準 | ある“遅咲き”男の看護学
● 自己紹介
● 日記の分類−目次−


● 最近の日記
● 過去の日記【月別】
● 最近のコメント
● 最近のトラックバック
●リンク
● 携帯用CODE
qrcode
● その他

12
--
01
02
03
04
05
06
07
08
09
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--
<< 復活する日がきましたTOPページ看護方式の不思議 >>
tape
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - |
tape
医療を受けられる人の基準
前回の記事では、お久しぶりのjigoroさんのご意見から、たいへんためになるご示唆をいただきました。私も改めて考え直し、コメントさせていただいた次第です。

それにつけても、私がこのブログを投げ出していた1年以上もの間に、医療はかなり変化しているようです。一言でいえば、厳しくなっている。そう思いますし、実感します。以前に議論してきたとおりと言っておきましょうか。
医療を取り巻く環境が以前より厳しいとすれば、つまりは医療が国民の隅々にまで行き届く確率も下がっているということです。ということは、医療の力を借りて生き延びたいと思う人にとっては、運よく医療の助けを受けられる人と、運悪く受けられない人との間に二極化が起こるということでしょう。


この二極化は、良いか悪いかという話ではなくて、そういう現実があるということにすぎません。その現実を受け入れられない人にとっては、話はそこまでです。ただ、私はこれが現実だと思っているだけです。

医療の力を利用できる人とできない人が実際に出てくるのが現実だとしたら、その人たちの間に差が出てくるとき、何らかの理由づけが必要でしょうか。

理由づけとして考えられることは、たとえばお金を持っているかどうか。あるいは住んでいるのが都会か田舎か。他には、意外なことですが、実際に病院で働くと感じることですが、生活保護を受けている人はかなり手厚い医療を受けているようです。

近頃、私自身が付き合う程度の一般常識の範囲なら考えられないようなクレームをたくさん付けてきて、私たちスタッフをさんざんびっくりさせて、絶対に自分の思う通りの医療を受けるのでなければ納得しないという人がときどきいます。その人たちは、私の経験上は、今のところみんな生活保護を受けている方々です。このため今では、自分自身の常識の範囲以上に度が過ぎる文句をつけてくる人に対しては、わざと思うのでもないのに、もしかしたらこの人、生活保護かな?と思ってしまう癖がつきました。

それはともかく、医療を受けられるかどうかについて、何か合理的な理由づけはあるでしょうか。もしも合理的な理由づけがないとしたら、どうなるのでしょうか。
| - | 19:23comments(0)trackbacks(0)
tape
スポンサーサイト
| - | 19:23 | - | - |
tape







※適当に改行入れてくださいませ(特に半角文字使用の場合)


tape
http://woaini.jugem.jp/trackback/660