[PR] ペット販売 成人看護学のデスマーチ症候群 | ある“遅咲き”男の看護学
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成人看護学のデスマーチ症候群
デスマーチという言葉があります。死の行進です。この言葉の新しい使い方を、たまたま昨日知りました。ソフトウエア開発のプロジェクトに関して、そういう本があるということで、その書評を見かけたのです。

新しい仕事をグループで始めて、作り上げていく作業をプロジェクトと言います。これはどうしても労働過重になりがちで、みんなの体力を奪ったり、過労死につながったりするそうです。そういうことが多いけど、そこにはちゃんと原因がある、みたいな内容だそうです。図書館にも置いてるけど、2200円だそうなので、買って読んでみようと思っています。
さて、私がなんでデスマーチという言葉に衝撃を受けているのか。もう分かった人も多い気がしますが、それはもちろん、看護の現実と似ている気がして仕方ないからです。看護の現場でもそう、教育もそう。仕事と学校は関係ない、と思っている人がいるかもしれませんね。甘いですよ。ものすごく連動してます。

で、ちょうど私が体験して、これはすごい問題だ!と気がついたことで、余裕はないけど記録を開始しようと思っているデスマーチを書いてみます。それは先週金曜日1時間目にあった成人看護学の授業です。

この先生は、授業中に「ここは見といてくださいね」「自分でやっといてください」「読んでおいてください」という類のことを頻繁に言います。それだけ資料が大量で、文字も小さいのです。毎回、A3用紙に何枚もあります。それを授業中に消化できないことを自分でも分かっているらしく、そういうことを頻繁に言うのです。先週金曜日の場合、90分間に8回も言いました。そしてしっかりテストには出す。まだ分かりませんが、これまでの傾向から考えて、間違いなく出すでしょう。私は先生のこういった類の発言が大嫌いです。

また、成人の別の先生で、よく生徒を質問攻めに合わせる人がいます。連発される質問に、私は非常にストレスを感じます。私は嫌な思いをしますが、この人はそういう行為から元気をもらうように見えます。そして当たり前ですが、そう簡単に生徒が答えられないのを見てから「習ったでしょ!」と意気高々に宣言するのです。この人のこのような行動に、私は非常に大きな嫌悪感を持ちます。

成人看護学の先生方がやっていることは、看護教育におけるデスマーチです。非常に不用意に、日々の宿題を増やしています。看護学科には真面目な生徒が多いので、真に受けて頑張ってしまう人も多いのです。私自身もそうだとは感じています。しかし最近は、頑張っても頑張りきれないという自覚が出てきました。燃えつきかけているのです。

そのため、けっこうやる気をなくしてきました。しかし机には向かわねばならない、というプレッシャーはあります。このため、以前から予定していた今週末の家族でのレクレーションに、私は参加できませんでした。これで体は楽でしたが、精神的な辛さは全然抜けませんでした。これでは何のために家族の行動を回避したのか分からない、と思うほどです。

私自身、デスマーチにはまっているということに、今さらですが気づきました。もう遅いのかもしれませんが、まだ希望がなくなったわけではないようです。デスマーチという言葉に出会ったお陰です。

成人看護学の先生は、生徒が登校して、授業を受けたら、それだけで疲れがかなり溜まる、という事実を無視しているようです。毎日、90分間の授業を3コマから4コマも黙って座って同じ姿勢で受け続けたら、それは疲れるでしょう。私語や携帯など、それなりのマナーを守ることも、その場だけを考えれば当たり前ですが、長い間続けば疲れになります。

成人看護学の先生方は生徒に対して、授業が終わって放課後になったら、なぜか体力が朝と同じくらいに回復している、と考えているようです。そうでなければ、軽々しく宿題なんか出せないでしょう。現実には、放課後の時間を、丸ごと自主学習に使える人などいないはずです。まずは疲れを取って、次の日に備えなければ、必ず疲れを次の日に残してしまいます。そして悪循環にはまり込む。これがデスマーチです。

看護学の専門家は、他人の健康をアセスメントして、気遣う力を持っているはずです。しかし自分の授業ではそれができない。言うこととすることが違う。これが本学の現実です。ましな科目もありますが、成人看護学はひどい。

本当なら、9時から5時まで頑張って、その後はきっぱりと自分の生活に戻ることが良いQOLです。それを許さないことは悪いQOLです。当たり前ですけど、忘れがちです。本学科の先生方は、忘れている人が多い。これがデスマーチです。

これでは看護師のなり手が減るのも仕方ないし、本学の人気が下がるのも仕方ないですよ!!!
この学校はヤメとけ08:40comments(2)trackbacks(0)
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やっぱりあるんでしょうねー。
今日はホケカンに呼び出しを受けて、何かと思ったら検診で高血圧が出てました。もうありえないくらい高い値でびっくりがっかりです。塩分とかそんなに取ってるつもりもないけど、ストレスだったら毎日十分に取ってますからね。悲しい現実っす。
| woaini | 2006/06/13 5:03 PM |

デスマーチの議論とはずれますが、記事の中にあった

>看護学の専門家は、他人の健康をアセスメントして、気遣う力を持っ
>ているはず

↑これですが、病棟でも同じことを日々感じています。

つまり、看護のプロは、患者の健康をアセスメントして、気遣う力を持っていて然り。それでこそ、看護を語る資格がある。ところが、どうでしょう、同じスタッフ間ではそれがまったく生かされていない。女性同士のやり取りや、少ない男性看護師へのあたりをみていると一目瞭然です。同じスタッフを見れずして患者を診れるわけがない。教務とて同じことです。
もっさん | 2006/06/12 9:59 PM |








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